年月日 | 記事 | 主催 | 出典 |
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大正5年 (1916) | |||
3月18日 | 地洋丸にて、横浜へ来日。25歳(23,24歳あり)。 | ||
3月28日 | 国民飛行会(長岡外史会長)主催の歓迎会に出席。 | ||
4月1日 | 千葉県国府台練兵場に於いて機体組立て開始。 | − | |
4月4日 | 組立て完了。 | ||
4月5日(水) | 千葉県国府台練兵場にて試験飛行。 午後2時、白い作業服を着て機体に乗り込み、午後2時40分、離陸。高度600mにて宙返り3回、螺旋降下2回、横転1回。垂直降下後に着陸するも、その時右車輪を小破。修理後、さらに発動機を付替え、午後4時20分離陸、宙返りなどを行って、4時35分に着陸。見物人は数千に達し、隈元中将、木下少将、追浜海軍基地よりの飯倉大尉、山本中尉、桑原中尉ら。 | − | 東京朝日新聞 |
4月6日(木) | 昨日に続き、千葉県国府台練兵場にて披露かたがた予備飛行。 本日は背広にてハンティング帽を逆さに被り、正午に離陸。逆転、宙返りなどを行い、15分の飛行。午後1時20分にも離陸し、同じく15分の飛行時間。 | − | 東京朝日新聞 |
4月7日(金) | 昨日に続き、千葉県国府台練兵場にて予備飛行。 昨夜からの徹夜作業にて朝の5時に組み立てあがった新飛行機を披見。見物人は1万人にも達し、その中には所沢からの徳川大尉、澤田大尉、坂本中尉らも。 飛行は古い方の飛行機で、正午に離陸。宙返り10回、螺旋飛行2回など。この後、明日に備えて青山練兵場までの飛行予定だったが、10mの向かい風のため、貨物自動車にて運搬。 | − | 日記から、東京朝日新聞 |
4月8日(土) | 午後、東京府青山練兵場にて飛行大会、2回飛行。 観客12万人以上、その中には奥元帥、島村軍令部長、箕浦逓相、加藤前外相、仙波・長岡両中将、金子少佐、徳川大尉らの海陸軍飛行将校、尾崎行輝、坂本寿一氏らの各飛行家。伏見宮、山階宮、華頂宮、淳宮、高松宮両皇子の台臨あり。
| 日記から、東京朝日新聞 | |
4月9日(日) | 東京府青山練兵場で、2回飛行。 日曜日ということで前日以上の人出、「電信柱にも花が咲く」の新聞記事。閑院宮、東久邇宮、山階宮、李王世子らの台臨あり。 尚、予定されていた夜間飛行は、警視庁の許可が得られず中止。 午後12時50分、腹にアートスミスと書いた赤い豆自動車に載って鳥打帽を振って観客に挨拶。午後2時20分離陸、場周囲を三周し高度1,300mに上昇。2時30分、両翼後方に付けられた花火より黄煙を引きつつ宙返り7回、横転5回、降下して高度150mからの宙返り2回、横転を行い、2時35分着陸。長岡中将から花環を贈られ、各皇族よりの握手を賜る。その後、自動車にて場内を一周。 | 日記から、東京朝日新聞 | |
4月10日(月) | 東京府青山練兵場で、1回飛行。 この日は朝からの烈風が吹き、青山原頭で秒速32mの中飛行を強行。 午後3時飛行準備にかかり、ワイルド、カイゼル両技師の点検後、飛行眼鏡をかけて、3時20分に離陸。離陸後12分にて高度800mに達し、風向に逆らって高度600mに落として宙返り、逆転3回、螺旋降下、逆転(2回)、決死下降にて、3時35分着陸。長岡中将、田中館博士らは「わが飛行界の大恩人」と叫びながら抱きつき、田中館博士は嬉し涙を零して「世界記録を破った」と激賞。尚、カイゼル技師は権田原側のトラックにて豆自動車を運転中、砂塵のため方向を誤り、散水中の赤坂区散水夫と衝突し、左足を骨折させる。技師は治療代・見舞金を贈呈し示談に。 | 日記から、東京朝日新聞 | |
4月24日(月) | 兵庫県の鳴尾競馬場で飛行大会。2回飛行。大会詳細は To Be Supplied。 | 日記から | |
4月26日(水) | 同じく、鳴尾競馬場で飛行大会。3回飛行。27日には夜間飛行(1回)を行う。大会詳細は To Be Supplied。 | 日記から | |
5月1日(月) | 名古屋港6号地(名古屋市熱田の東築地)で、飛行大会。2回飛行。大会詳細は To Be Supplied。 | 新愛知、名古屋の両新聞 | 日記から、あいちの航空史 |
5月3日(水) | 名古屋港6号地で、飛行大会。2回飛行。大会詳細は To Be Supplied。 | 日記から、あいちの航空史 | |
5月5日(金) | 名古屋を朝発ち豊橋へ。そこの十八連隊練兵場で、飛行大会。観衆5万。午後に2回飛行。午前10時、豆自動車の競争。 | 日記から、新愛知、参陽新聞 | |
5月6日(土) | 奈良の歩兵第五三連隊練兵場で飛行大会。2回飛行。市長から花篭を贈られる。大会詳細は To Be Supplied。 | 日記から、大阪朝日新聞(紀和版) | |
5月7日(日) | 奈良の歩兵第五三連隊練兵場で飛行大会。終日雨で1回飛行したのみ。大会詳細は To Be Supplied。 | 日記から、大阪朝日新聞(紀和版) | |
5月8日(月) | 奈良の歩兵第五三連隊練兵場で飛行大会。1回飛行。大会詳細は To Be Supplied。 | 日記から、大阪朝日新聞(紀和版) | |
5月11日(木) | 京都の深草練兵場で飛行大会。1回飛行。大会詳細は To Be Supplied。 | 日記から | |
5月12日 | 午後2時版、京都から大阪に着。 | 大阪朝日新聞 | |
5月14日(日) | 大阪西区市岡中学校東広場にて、飛行大会。15日も予定され、入場料は、普通一人15銭、学生5銭で、場内に4万、場外の無銭見物者は15万とも。 尚、この飛行大会は、『日記から』には記載されていない。 午前10時から飛行の予定であったが、場内に設けた競争路が柔らかいため飛行機と豆自動車の競争はできないとして、午前10時40分に余興の人力車競争、その後、豆自動車(8号、10号)2台の競争、第2回人力車競争、自転車競走と続いたが、スミスは12時になっても姿を見せず。次第に怒号が起こり始めるが、延期理由を示さずに車夫競争などを繰り返すので騒ぎになる。主催者側からスミスの滞在ホテルに電話をかけ、午後1時からの飛行の段取りにしたが、制止を振り切って東の観覧席の一角が崩れ、雪崩を打って場内に。「早く飛べ」「入場料を返せ」と怒号が飛び交い、一人が「飛ばない飛行機なら壊してしまえ」と叫び、投石などが始まる。ワイルド技師ら関係者は飛行機の保護に努めたが、野天のこととて叶わず。ワイルド技師はエンジンにズック製カバーをかけたが、頭に深手を負い、ちょうど駆けつけたスミスも擦過傷を頭部に負う。来場の長岡中将も「必ず飛ぶから、元の席に戻ってくれ」と帽子を振って制止を計るも叶わず、憲兵及び警官の召集を依頼。その来援を得て、長岡中将が機上に立って一場の揶揄演説を行い、飛行機周りの群集を押しのけたが、既に機体には上翼に3個、下翼に5個の穴があり、プロペラも一端が一尺ばかり裂け、尾翼も損傷。急遽、鳴尾まで飛んで修理することとし、1時50分プロペラを取り替えて、2時15分に離陸。 | 興行者 雨森茂市 | 大阪朝日新聞 |
5月16日 | 午前10時34分、大阪を発ち、富山に向かう。 | 大阪朝日新聞 | |
5月17日(水) | 富山県富山市の練兵場にて、猛雨の中で1回飛行。飛行時間約8分、使用機は「カーチス式第2号」。午後の2回目の飛行は、密雲が低層にあるため中止。富山での再飛行を約束。 | 日記から、富山日報 | |
5月20日(土) | 岐阜県岐阜市の練兵場にて、2回飛行(18日、19日と雨のため順延)。 服部岐阜市長からの歓迎の辞、市からの金メダルを贈られる。
| 日記から、大阪朝日新聞(東海版) | |
5月21日(日) | 石川県金沢市野村練兵場にて飛行。午後に2回飛行、雲が低く低空飛行に留まる。
| 日記から、北国新聞 | |
5月22日(月) | 石川県金沢市野村練兵場にて、好天の下で飛行。午後に2回飛行するも、観客は昨日の1/3に留まる。午後1時6分離陸滑走を開始し、高度800フィートにて場内を2周しつつ上昇、離陸後約10分にて最高高度4700フィートに。右ハンドルのボタンを押すや否や、下翼両端のスモークポットは発火・発煙、その二條の煙を引きながら、7回の連続逆転、横転・逆転を12〜3回、コルク抜きを2回、螺旋系の回転を行い、垂直降下して着陸、飛行時間13分。飛行後、金沢市の村田助役より感謝状と金メダルを贈られる。 | 日記から、北国新聞 | |
5月23日(火) | 富山県富山市の練兵場にて再度の飛行。午後に2回飛行。観客数、約15,000人。午前12時過ぎ、列車にて富山に着。 | 日記から、富山日報、北陸政報 | |
5月24日(水) | 滋賀県大津市の練兵場にて、午後に2回飛行。第一回飛行は午後0時30分過ぎから飛行時間約15分、午後3時半過ぎよりの第二回飛行にてOTSUの写字飛行を行うも、黄煙薄く観衆からは明瞭に見えず。着陸後に大津市の書家三戸氏令嬢の佐智子さんより花輪を贈られる。 | 日出新聞、大阪朝日新聞京都附録 | |
5月27日(土) | 岡山県岡山市の練兵場にて、雨の中1回飛行1回。
| 中国民報社 | 日記から、山陽新報 |
5月28日(日) | 岡山県岡山市の練兵場にて、午後に2回飛行。 市よりメダル贈呈の予定も製作が間に合わず、目録を贈られる。 正午に発動機の牽引力試験し離陸、会場を2〜3周して4分後に2800フィート、5分後に3500フィート、更には4000フィートに。そこからキルク抜きを9回、錐揉り、横転、逆転、ジョリーダンスを行って、12時10分着陸。 | 中国民報社 | 日記から、山陽新報 |
5月29日(月) | 広島県広島市西練兵場で飛行大会、午後に2回飛行。 第一回目の飛行後、大平楽社および佐伯シマ子より花環を贈られる。また、「広島は川もあり、街路も立派で綺麗な都会であると思います。飛行家が上空の気流を云々する必要はあるまいと思っております」と記者団に語る。この日は、国泰寺村の米国人フェアフォード氏宅での晩餐会の後、宮島に渡る。 午前9時過ぎワイルド技師らが機体組立てに着手、その途中、豆自動車競走あり。正午の号砲の頃、機に乗り込み、午後零時1分、離陸。手を振りつつ場内を一周し、その後上昇、5分後には高度3,200フィート、広島城上空に達して3,800フィートに。左翼より白煙を引きながら宙返りを連続8回、逆転、横転、木の葉落とし、逆落とし、急転直下により観客の頭上をかすめて着陸。飛行時間9分。 | 広島市飛行後援会 | 日記から、中国新聞 |
5月30日(火) | 広島県広島市西練兵場で、昨日に引き続き飛行大会。 この日早朝より機体の塗替えを行い、支柱も翼下面も深紅に、翼上面には文字を白で書き、それ以外は黒に。 午後0時37分、離陸。上昇しながらS字飛行を見せ、5分後に4,700フィートに。煙もなしに逆転を6回、機首を上に向けたまま発動機を止め落ちること500フィート(所謂、テールスライド)。高度2,500フィートにて発動機を動かして、逆落とし後にそのまま着陸。飛行時間、約8分。(この日のテールスライドは「日本に於て初めて完全に行ふ」とのこと) | 広島市飛行後援会 | 日記から、中国新聞 |
6月2日(金) | 東京の帝国ホテルで催された歓迎会に出席。午後は早稲田の大隈重信私邸で飛行協会主催の茶会に出席。 | ||
6月3日(土) | 東京府青山練兵場(入場口は青山一丁目、及び稲の町停車場)にて飛行大会の所日、観客8万人。来賓に蜂須賀侯爵、土方伯爵、渋沢男爵、尾崎法相、山川東大総長、田中館博士ら、観客に黒田清輝画伯も。入場料は後援会の会員費(?)として、名誉会費は5円、特別会費は1円、普通会費が10銭。 2回飛行、飛行機は2台用意。 午後2時より前後2回の豆自動車競走。午後3時に離陸。離陸後、急上昇して場を右手に旋回、旋回2回して離陸後5分で高度1,200mに到達。翼の一端から黄煙を吐きながら宙返り、黄煙の渦巻きの中に極度の小円を描いての逆転連続10回、横転3回、逆転6回、横転2回。高度300mに降りて宙返り3回の後、3時10分に着陸。渋沢男爵、尾崎法相、長岡中将らと握手。 | 日記から、東京朝日新聞 | |
6月4日(日) | 東京府青山練兵場にて飛行大会の中日。午後に3回飛行。 午後1時までに入場者10万人。近衛師団下士卒2,000名、追浜より海軍飛行将兵全部、横須賀より在港軍艦乗組員水兵1,500名あり。 午後零時半、赤色の自動車に乗って来場。長岡中将はそれを見て、馬車を駆って青山御所に伺候、本日の飛行について言上。皇太子殿下、淳宮、高松宮から、お言葉を貰う。 | 日記から、東京朝日新 | |
6月5日(月) | 東京府青山練兵場にて飛行大会の最終日、午後に2回飛行。午後8時から夜間飛行、両陛下も台覧。ワイルド技師らは日没前に仕掛花火と、機首に青灯(ヘッドライト)/翼両端に赤灯の設置を完了し、日暮れともに深紅の豆自動車で会場に着。新月のこの日、七個の大かがり火を設け、午後7時50分に機体を引き出して発動機点検、8時8分に離陸。高度1,200mで、花火に点火。下翼両端より火炎を奔出。大円を描きつつ、宙返り、逆転連続3回。黒雲中に入って姿を消したが、1,000mの高度に姿を現して、逆転、また逆転の連続11回。飛行時間12分にて、8時20分に着陸。 | 日記から、東京朝日新 | |
6月6日(火) | 皇居上空近くで御礼飛行。大正天皇の馬術練習にて馬場に出御の時刻に、飛行。午後1時頃より宮城周辺に人が集まりはじめ、午後3時5分に会場上空へ到着。三宅坂上空400mから上昇し、霞ヶ関、桜田門にて高度1,200〜1,300mに達して、二重橋から三日月堀より馬場先門の上空にかけて大円を描き、二條の黄煙を吐きつつ宙返り8回、尻落としの格好にて横転1回、螺旋降下200mを行って、宮城を横断、五番町上空で機首を巡らし青山練兵場へ到着。着陸は、3時20分。 | 日記から、東京朝日新聞 | |
6月11日(日) | 宇都宮 宝木練兵場にて飛行大会。午後に2回飛行。 梨本宮殿下、同妃殿下の台臨あり、目録一封を下賜。市からも銀製七宝入りメダルを贈られる。 夕方、仙台に向け出発。 一回目は14:30に離陸、上昇旋回大小2回半の後、1,200〜300mの高度から二條の白煙を引きつつ下降しながらの横転数回、そのまま宙返りに転じて7回、木の葉返しと呼ばれる螺旋降下で200mにまで降り、300mに上昇後に得意の垂直傾斜にて下降、14:50分に着陸。 | 日記から、下野新聞 | |
6月13日(火) | 仙台の仙台練兵場にて飛行大会、1回飛行。翼上にカイザー助手を乗せ、翼上搭乗飛行を行う。
| 日記から | |
6月14日(水) | 仙台練兵場の地盤は悪いため、宮城野練兵場へ会場変更。2回飛行。大会詳細は To Be Supplied。 | 日記から | |
6月16日(金) | 北海道札幌市北20条の京都合資会社所有地(運動場)にて、飛行大会。
| 日記から、日本ヒコーキ物語 北海道篇 | |
7月10日 | 上京。 | 日本飛行機物語 首都圏篇 | |
7月20日 | 退院。横浜からエンプレッツ・オブ・ルシア号で帰国の途に着く。 回った都市15市、累計飛行回数56回。 | 日記から、日本飛行機物語 首都圏篇 | |
大正6年 (1917) | |||
4月20日 | 母親を伴い、サイベリア丸で再来日。胸に、昨年贈られたメダルを飾っての入港。大正6年4月23日付東京朝日新聞で、母親は来日の目的を尋ねられ、「ホンの憧れです。アートがこの前お国に参った時受けたお国の方のご厚意があまりに嬉しかったのです。アートの父にも日本を見せとうございますが、二十年来の目の病にて視が乏しく、見るのに不便では却って気も焦って疲れることも多くても気の毒と思いましたので、私ばかりが楽しむのは忍ばれない事ですが、そういうわけで私だけ参りました。」と語る。 | 東京朝日新聞 | |
4月22日 | 東京神田の青年会館での英語大演説会に出演。開口、「商売違いで、飛行は楽だが演説は実に困る。」と満場を笑わせる。 | 萬朝報 | |
4月23日 | 午前、母親と伴に早稲田の大隈侯を訪問。正午より神楽坂での料理店にて開かれる東京飛行機者倶楽部主催の歓迎会に臨む。 メナスコ技師らは、青山練兵場で2台の飛行機の組み立て。 | 東京朝日新聞 | |
4月25日(水) | 東京は青山練兵場で謝恩飛行、観衆10万人。アートスミス曰く、事故(昨年6月)以来の飛行とのこと。 写真などから、8号機を使用した模様。
| 東京朝日新聞 | |
4月27日 | 兵庫県鳴尾競馬場での飛行大会のため、大阪に着く。 一行に、「飛行家 高左右隆之」氏((下記注参照))の名前がある。 | ||
4月28日(土) | 兵庫県鳴尾競馬場で飛行大会予定なるも、雨で順延。 翌29日も雨にて順延。 | ||
4月30日(月) | 兵庫県鳴尾競馬場で、午前と午後に1回づつ飛行。機体は、9号機。 長岡中将の紹介で、キャサリン・スチンソン嬢と顔を合わせる。また、スミスの母堂、滋野清武男爵(バロン滋野)の母堂と握手。
| 大阪朝日新聞社 | 神戸新報、神戸又新日報 |
5月1日(火) | 兵庫県鳴尾競馬場で飛行。午前(飛行時間14分)、午後(飛行時間13分)の1回づつ。午後はスミスの希望で、青山で一度飛んだきりの8号機を使用。 母親は友禅縮緬をお土産に貰い、この夜、大阪ホテルにて慰労晩餐会が開かれる。 午後4時、新装なりし8号機に乗り込み、午後4時11分に離陸。5分後に高度1,000mに上昇し、黄煙をはきつつ宙返り、横転、逆転などを20回ほど。高度500mにて推進機をスローにして急降下、アーチをくぐりぬけ、両手をハンドルから離して観客に応え、高度を100mに上げて場内を一周。アーチを再度くぐって、4時23分、着陸。 | 大阪朝日新聞 | |
5月2日(水) | 午前中、鳴尾競馬場から大阪城東練兵場に移動。移動の途中、午前11時20分に、大阪朝日新聞社本社の高塔上空で宙返りを披露。 夜、大坂市民への感謝、朝日新聞への敬意を表すため、9号機を使用して夜間飛行(懸賞飛行)を行なう。この夜、大阪市中は上空を見上げる人で埋めつくされたとのこと。
| 大阪朝日新聞社 | 大阪朝日新聞 |
5月10日(木) | 滋賀県八日市を訪れ、熊木陸軍少尉に就いて取り扱いを学び、「第二翦風号」に岩名助手を乗せ、午後4時半より約50分の試乗。 | − | 日出新聞 |
5月11日 | 午後0時半過ぎ、名古屋に到着。県庁にて知事に挨拶の後、主催者の新愛知新聞社社長や第三師団関係部隊を表敬訪問。 | − | 新愛知 |
5月12日 | 朝、機体組立てを監督。午後は、母親と雨の中、市中見物。 | − | 新愛知 |
5月13日(日) | 名古屋市城北練兵場で、観覧無料の飛行大会。 愛知県教育会からメダルを県知事自らの手で、また七宝金台メダルを名古屋市から贈られる。名古屋電灯会社、名古屋経済界、午餐会有志などからの花環も多数。 午前11時10分、離陸し上昇、11時15分に高度3,500フィート程度に。この時、一羽の鳶が北から南に、飛行機の下を飛んでいくと会場では拍手喝采。 | 新愛知新聞社 | 新愛知 |
5月14日 | 午前0時41分、特別列車で母親と東上。大相撲見物、日光東照宮参拝の予定。 | 新愛知 | |
5月15日 | 国技館にて大相撲見物。 | ||
5月16日 | 日光東照宮参拝のため、午前8時、上野を出発。 | ||
5月19日(土) | 三重県四日市(築港埋立地)で飛行大会、観衆3万。午前と午後に2回飛行。 午前の飛行後、四日市市長より金メダルを贈られる。 11時30分離陸。高度4,400フィートへ上昇し、白煙を曳きながら宙返り、逆転飛行、渦巻き返し、横転飛行、低空飛行を演じて11時45分に着陸、午前の部を終わる。 | 大阪朝日新聞(東海版) | |
5月21日(月) | 三重県津市の久居浜練兵場(歩兵第五十一連隊練兵場)で、午前と午後の2回飛行。長野三重県知事と有田津市長より、純金メダルを贈られる。大会詳細は To Be Supplied。 | 伊勢新聞社 | 大阪朝日新聞(東海版 T6.05.20版) |
5月22日(火) | 母とともに、伊勢神宮へ参拝。 その後二見を遊覧し、鳥羽の御木本真珠養殖場を見て、この夜、名古屋に引き返す。 | 大阪朝日新聞(東海版) | |
5月23日(水) | 三重県多徳島にて、正午12:00より飛行。観客2万。 5月17日の(真珠で有名な)御木本幸吉との話し合いにて実施の運びに。長さ60間の地上に狭い場所での離着陸となり、着陸の際、御木本氏は地上でスミスの万歳を、来場者は御木本氏の万歳を唱える。 | 信濃毎日、伊勢志摩のイカロスたち | |
5月26日(土) | 三重県の宮川磧で飛ぶ。 | 伊勢新報社 | 伊勢志摩のイカロスたち |
5月28日(月) | 静岡県浜松市練兵場で、午前午後の2回飛行。主催者の記者団からメダルと感謝状を贈られる。 幼少の本田宗一郎氏も観覧。 午前10時過ぎ、静岡より到着して、会場入り。11時30分過ぎに搭乗し、離陸。場内を4周しながら上昇、高度1,300mから双翼より黄煙を吐きながら宙返りを連続7回、横転5回、逆転5回、キルク抜き数回を演じ、再び高度を上げた約2,000mから急転直下。100mから機首を上げはじめ高度5mから地上接吻飛行、アーチ潜り。11時52分に着陸。飛行時間間18分。 | 静岡新報、静岡民有新聞 | |
6月1日(金) | 大阪市西区の築港池田新田で飛行大会。午前と午後に1回づつ飛び、午前の飛行後に池上大阪市長より、金メダル(金製賞杯とあるが、写真キャプションは金メダル)を贈られる。午前11時15分離陸、強い風のため動揺しながら高度3,500フィートに上昇。翼より黄煙を吐きながら逆転7回、コルク抜き、右旋左旋回各5回、高度1,000フィートに降りての逆転数回、横転、木の葉落とし。プロペアを停めての数百フィートの逆落としからアーチを潜り、11時30分着陸。自動車に乗り、場内を一周。 | 大阪朝日新聞 | |
6月2日(土) | 大阪市西区の築港池田新田で飛行大会。午前11時10分、満場の拍手の中を離陸。2,500フィートの高度から、宙返り数回、昨日よりも低空に降りての低空に降りての、横転、逆転、観客の頭上をかすめる低空飛行の後、アーチ潜りを行って、11時25分に着陸。 | 大阪朝日新聞 | |
6月6日(水) | 島根県松江市(古志原練兵場)で飛行大会。午前と午後の2回飛行予定も、午前中の雨により、午後3時からの飛行1回のみとなる。飛行時間約14分。市長より、天狗を彫刻した金メダルを贈られる。また、技芸学校高等女学校生徒より、花輪花篭を贈呈される。(実況記事がなく大会雑感から以下を起す。尚、単位は「m」とあるが、「フィート」の誤りか)午後11時44分、列車にて鳥取駅に着。鳥取温泉に宿をとる。 | 松江飛行後援会 | 大阪朝日新聞(山陰版) |
6月7日(木) | 鳥取県鳥取市の第四〇連隊練兵場にて飛行大会、観客5万。 9号機を使用し、午前と午後の2回飛行。午前の飛行後、因伯寺時報社から花環を、高等女学校生徒から真綿製の紅白大鏡餅を、飛行大会後には、鳥取市より国産の白珊瑚ステッキ(丸型と五角形の2本)を贈られる。 午前10時30分、豆自動車に乗り場内を一周して、観客に挨拶。 | 鳥取後援会(市内両新聞(鳥取新報、因伯時報)後援) | 鳥取新報、因伯時報 |
6月8日 | 次の開催予定地の姫路が師団の特命検閲中とのことで、鳥取県鳥取市に滞在。 豆自動車などで市外浜坂付近の砂漠や松林を散策。午後3時に鳥取温泉に帰り、同地宣教師ベネット氏の訪問を受ける。 | − | 鳥取新報、因伯時報 |
6月9日 | 鳥取市内の袋川から乗船、千代川口にて舟遊びに興じる。 | − | 鳥取新報、因伯時報 |
6月10日 | 午後2時半、京都に向け鳥取を出発 | ||
6月14日(木) | 愛知県岡崎市で、飛行大会。大会詳細は To Be Supplied。 | ||
6月15日 | 京都にて、飛行後援会の案内で四条南座で観劇。幕間にて雁次郎に花環を贈る | ||
6月18日(月) | 兵庫県姫路市の城北練兵場で飛行大会、17日の予定は雨のため順延。午後に2回飛ぶ。9号機を使用。午前11時55分離陸して場内を一周、正午の午砲の時高度2000フィートにあり、3800フィートにてS字飛行を行い、二條の黄煙を吐きつつ5回の宙返り、3回の逆転、2回の横転を見せた後に急転直下して着陸。飛行時間12分。 | 鷺城社 | 神戸新聞 |
6月19日(火) | 静岡県静岡市安東練兵場で飛行大会の予定も、雨のため順延。 午後7時半より市内馬場町私立晁陽学校にて、8時より追手町メソジスト教会にて、飛行講演。 | 静岡民友新聞 | |
6月20日(水) | 静岡県静岡市安東練兵場で飛行大会、午前と午後の2回飛行。 午前の飛行後、「4000フィートの上空から見た静岡市街の光景は、樹木があって非常に美しい。殊に南の方にはキラキラとと光った海が見え、それから日本の名物富士山が見え、雲が取れた時には山頂の雪が歴々と見えたのは実に美しかった。北の方遥かに日本アルプスが見え、そして雪があったのも見え、実に壮観であった」と新聞記者に語る。記者団より手文庫を、山口組より花環を贈られる。 午前8時半より、メナスコ技師が機体組み立てを開始時し、11時に終了。一旦、11時5分離陸するも、点火線(スパークプラグ)不調により、着陸して約10分ほどで交換。 | 静岡民新聞 | |
6月21日(木) | 午後7時、豪雨の中、静岡より京都入り。 | − | 日出新聞 |
6月23日(土) | 京都府京都市の深草練兵場で、飛行大会。午前と午後の2回飛行、9号機を使用。 豆自動車競走実施の予定も、1台故障、1台は台湾に発送済みにて中止。 午前11時47分離陸。場内を周回してその4周目、高度3,800フィートにて宙返り10回、横転、木の葉落とし、逆落とし、アーチ潜り、接吻飛行2回の後、着陸。飛行時間14分。着陸後、「成駒屋」雁次郎から花環を贈られ、握手。 | 日出新聞、大阪朝日新聞(京都版) | |
6月29日(金) | 神戸からアメリカ丸で、台湾へ渡る。 | 大阪朝日新聞 | |
6月30日(土) | 台湾 台中練兵場で飛行。 | ||
7月1日(日) | 台湾 嘉義 小学校裏の畑を整地した会場で飛行。 | ||
7月3日(火) | 台湾 台南練兵場で飛行。 | ||
7月4日(水) | 台湾 台北 古亭庄練兵場で飛行。夜間飛行も行なう。 | ||
7月6日 | 日本へ向かう。 | ||
7月9日 | 朝、神戸に着。 | 信濃民報 | |
7月12日(木) | 長野県松本市の歩兵五十連隊練兵場にて、午前と午後の2回飛行。午前の飛行後に小里松本市長から記念メダル、感謝状、花輪を送られる。参考文献[1]に、当地での写真数枚あり。 新聞記事では、「スミス氏低空飛行、転回飛行の妙技、格納庫より機を引き出す祭のスミス氏、将に飛行せんとするスミス氏と母堂、大冒険宙返り、地上キッス飛行実況の6種類1組を、10銭にて飛行会場にて販売」とのこと。 午前の飛行は、11時30分機上の人となり、11時40分離陸、高度1200mに達した後(離陸後5分31秒)黄煙を主翼両端から放出、宙返り3回、逆落としにて500mに降りて横転、螺旋飛行、800mに上昇して八方乱雑に飛び上がり舞下がり(約8分)、500mくらいの高度から地上付近まで降下して場内を一周、飛行時間14分26秒にて着陸。 | 松本市スミス氏飛行大会 | 信濃民報、信濃毎日新聞 |
7月14日(土) | 新潟県高田市中田が原練兵場で、午後に飛行。観衆3万。 飛行中プロペラ覆いが外れて下翼を傷つけ、張線を切断されたことにより、急遽着陸。さらに着陸後の点検にて、発動機の数箇所に亀裂も発見され、2回目の飛行は断念。飛行大会は中止。 午後1時56分、離陸。場内を2回半周回して高度3,000mに達した時、風に煽られてつつ500mほどを直下、左翼を下に横転しようとした際故障を発し、発動機を停止したまま垂直落下してそのまま着陸。飛行時間11分。 | 高田市臨時飛行奨励会 | 新潟毎日新聞 |
7月15日(日) | 新潟県高田市中田が原練兵場で、午後に2回飛行。 倉石高田市長より、銀メダルを贈呈される。
| 高田市臨時飛行奨励会 | 新潟毎日新聞 |
7月16日(月) | 長野県長野市丹波嶋河原で、午後に1回飛行。観客5万。牧野長野市長より金メダル、商業会議所からの花輪を贈られる。 もう1回の飛行予定だったが、主催者側の飛行契約金未納により、キャンセル。折からの猛暑ともあわせて観衆は嘲罵を浴びせ不穏の状態になり、警官に制止されて事なきを得る。 午後12時42分に離陸。周辺の丹波嶋橋、芹田、安茂里村小市〜笹井村などの上空を経て会場上空3,000フィートに達し、黄煙を吐きながらの宙返り4回、キルク抜き、横転などを数回づつ、地上からの歓声に両手を振って答える。その後、急転直下して10数フィートにまで急降下、会場北側の団体席上を低空飛行して、12時52分に着陸。 | 大正魁新聞、長野市の塚田金吾、堀込熊蔵 | 信濃毎日新聞 |
7月17日(火) | 昨日よりの主催者との第三者による調停により、「長野市民の厚意に対し敬意を表するもの」として無料飛行大会(会場は昨日と同じ)。長野市上空にて数回の宙返りを行い、その後次の開催地(群馬県)に向かう。午前11時5分に長野県長野市丹波嶋河原を離陸。高度3,000フィートにで長野市上空にいたり、3回の宙返りを実施。その後、会場上空に戻り横転2回を行い、11時13分、空中滑走にて着陸。午後9時35分、列車にて前橋に着。 | − | 信濃毎日新聞 |
7月18日(水) | 朝、前橋大会会場を検分し、滑走場のみを公園下の利根川河原に変更を決定。 前橋午前9時26分発の列車にて桐生に向かい10時30分着。東武線相老駅前の飛行場にて飛行大会。観客2万、2回飛行。 午前11時50分、離陸。4,000フィートの高空から、横転と逆転を各8回、キルク抜き12回、波状飛行5〜6回を行い、12時に着陸。午後7時5分、群馬県前橋市に着。提灯行列の出迎えを受ける。 | − | 上毛新聞 |
7月19日(木) | 群馬県前橋市公園で2回飛行。1回目の飛行後、木村前橋市長より純銀製洋杯、後援会より花環、丸交共同交水丸と各製糸場より真綿製チョキ等を贈られる。 「9号機を組み立てた」という記事があり、「高左右隆之(下記注参照)氏と旅館を出て」とも。 飛行大会終了後、午後5時40分、水戸へ向け出発。 午後1時13分、離陸。市街上空を廻って高度3,000フィートに上って市民への答礼となし、さらに上昇して高度4,300フィートへ。左翼より煙(「その色、時に青く、時に白く」と新聞記事にあるが詳細不明)を吐きつつ、宙返り8回(宙返りのスーと横に伸びた所謂「テレススロープ」とある)、横転、高度1,000フィートに降りての「印度踊(ジョリーダンスのことか?)」、800フィートから急降下して、1時23分に着陸。この際、ブレーキを小破。 | 前橋スミス飛行後援会 | 上毛新聞 |
7月20日(金) | 茨城県水戸市外の堀原練兵場にて、午後に2回飛行。1回目の飛行後、川田水戸市長より金杯を、主催者より花環を贈られる。また、来場した国民飛行会長 長岡中将と握手。午後1時、格納庫より飛行機を引き出し、搭乗。離陸後、会場に設けられたアーチをくぐって上昇、60mの高度にて会場を周回しつつ上昇し、急転直下してまた急上昇、また急降下して逆転、木の葉落としなどを演じ、飛行時間12分にて着陸。 | 茨城毎日新聞 | 東京日日新聞 茨城版 |
7月23日(月) | 午前9時40分、山形県山形市に着(母親は前日に着)。市内の練兵場で、午前と午後の2回飛行、観客約10万。 小鷹山形市長より銅製の馬の置物、伊藤嘉平治氏より鉄瓶、ある青年より県下百景の写真帖を贈られる。午後6時20分、秋田に向け出発。 午前11時5分「高左右氏をしてプロペラーを回転せしむ」のち、11時7分に離陸。場内を一周して高度300mに、さらに上昇して高度1,200mへ。左翼より黄煙を吐きつつ、連続宙返り、続けざまに6回、逆転2回、プロペラを止めての木の葉とし、降下しながらの横転数回、再びプロペラを緩めてのアーチ潜り、地上接吻飛行から場内を低空で一周。黄煙を吐きながら着陸。豆自動車に乗って場内を一周。 | 山形新聞 | |
7月24日(火) | 秋田県秋田市の八橋競馬場で飛行、観客5万。2回の飛行。
| 秋田魁新報 | |
7月28日(土) | 新潟県新潟市(関屋競馬場)で午後1回飛行。飛行後の感想を求められたスミスは、「大変飛びごこちがよかった。こちらには海がある、こちらには川がある、大変涼しかった。飛行はわたしの避暑旅行です。」と新聞記者に語る。
| 新潟市飛行後援会 | 新潟毎日新聞 |
7月29日(日) | 安息日。早朝、アート、メナスコ技師らは関屋競馬場に赴き、機体の平均重量をはかり、午前5時半頃から、メナスコ技師の操縦(アート同乗)で五十嵐浜保方面に数回の飛行を実施。 正午は、米国人牧師オールヅ氏の招きで、メナスコ氏とともに午餐を受ける。 | 新潟毎日新聞 | |
7月30日(月) | 新潟県新潟市(関屋競馬場)で午後午後と2回飛行。観客2万。 また、米国政府より「招聘したきに依り、来月7日発の汽船にて帰国されよ」の電報を受け取る。 午前11時17分に離陸、場内を3周回して高度4,500mに。宙返りに7回に始まって、横転、逆転数回、発動機を停めての「クルクル」と錐揉み、発動機の回転を挙げての横転逆転10数回、地上50間にての横転(「機上のアートスミスの横文字がはっきり見える」とあります)、再びは輸送機を止めての木の葉落とし、アーチ潜り。この日は、アーチに長く垂れる紐に無数の小旗が連なって付けられており、アーチ潜りの刹那、アートがそれを掴んで「雷のような拍手」。その後、地上接吻飛行での場内一周を経て、11時30分、着陸。飛行時間13分。着陸後、豆自動車にて場内を一周。 | 新潟毎日新聞 | |
7月31日(火) | 長野県松尾村字沖ノ島で午後2回飛行、観客3万。 二回目の飛行は、飯田町を上空から訪問。飯田町松尾村から記念メダルを贈られる。高左右隆之氏同行。 尚、本飛行大会は、度重なる期日延期、飛行会場の変更等があった。 午後1時、天竜川の瀬音を掻き消しながら離陸。場内上空を3周して高度を2,000フィートに。そのまま機首を上げて宙返り、逆転、横転、急転、キルク抜き、印度踊り、木の葉落とし。飛行時間、10分24秒。 | 飯田飛行会 | 南信新聞 |
8月2日(木) | 三重県 呉羽川で飛行。 | ||
8月4日(土) | 広島県福山市で飛行大会。(但し、新聞記事では未確認) | ||
8月7日(火) | 鹿児島県鹿児島市天保山で飛行大会。午前、午後の2回飛行。(当地で撮ったと思われる新聞記事写真では、8号機が見える) 山本市長より金メダル、明治屋呉服店から花輪を贈られる。 午前11時49分、モートルの爆音勇ましく離陸。3〜4,000フィートに上昇、宙返り、横転、逆落としなどを演じ、約10分の飛行時間で着陸。 | 鹿児島日報 | 鹿児島新聞史 |
8月9日(木) | 福岡市(福岡場外練兵場)で飛行大会、観覧無料。午前11時19分エンジン始動。11時21分離陸、2000フィート上空にて大きく旋回し、3000フィートへ上って宙返り4回、逆転4回、キルク抜きで2000フィートへ降り、横転6回。その後、発動機を停止しての空中滑走にて急転直下しそのままアーチくぐりを行い、観衆の頭上をかすめての地上接吻飛行を経て着陸。飛行時間12分。 | 福岡市3新聞社後援 | 福岡日日新聞 |
8月11日(土) | 愛媛県松山市堀之内練兵場(歩兵第二十二連隊練兵場)で、午前と午後の2回飛行。午前中に観客4万人。使用機は9号機、高左右隆之氏も同行。 長井松山市長から金メダル(東京三越製、表面は松山城)を贈られる。 午前11時37分、離陸。数分をかけて場内を2周半しながら高度を5,000フィートに上昇、二條の黄煙を曳きながら「機を直立にして」一回目の逆転から連続3回、横転数回、錐揉み、横転、逆転、直上、直下。11時50分に着陸。場内狭隘のため、(用意してあった)アーチ潜りは中止。 | 海南新聞 | 海南新聞 |
8月13日(月) | 和歌山県新宮速玉神社下権現河原にて飛行大会。午前8時半、急行船にて松山より着。午後に2回飛行。第1回めは午後1時50分に搭乗し離陸、最高4350フィートの高度から逆転乱舞の後、2時に着陸。2回目は午後3時40分〜午後4時。 | 和歌山新報、紀南新報、大阪朝日新聞 | |
8月16日(木) | 午後9時半着の船にて、函館に入港、同行は、母、櫛引支配人、桝谷・村田両中尉、技師メナスコ、伊松通訳。 | 小樽新聞 | |
8月17日(金) | 北海道函館の桔梗野にて、午前と午後の2回飛行。観客3万人。午後12時5分、離陸。右手をあげて来賓席に挨拶しつつ上昇、場内を一周半しながら更に上昇し、高度2,500フィートへ。宙返り4回、逆転3回、横転3回、逆転周回。発動機を停めて急降下、3,200フィートに急上昇して横転からの急転直下の後、12時15分、着陸。 | 小樽新聞 | |
8月18日(土) | 北海道倶知安町(会場は、北二線九号の畑地)にて飛行大会、午前と午後の2回飛行。新聞記事写真では、9号機の模様。後援会より、白地縮緬に紫文字で「贈スミス氏飛行後援会日本倶知安」と装飾のはいった花輪を贈られる。午前11時37分離陸、2〜3回会場を周回し、風が強かったため高度を6000フィートにとり宙返りを4回、4000フィートに落としてインディアンダンス、高度を5000フィートにあげて錐揉み飛行(9回)、2回の横転。その後発動機を停め、機尾を下方にして「木の葉落とし」(北海道では初披露)、更に横転を行いつつ、高度を1500フィートにて再び発動機を止めて急転直下、空中滑走を行って、11時50分着陸。 | アートスミス後志飛行大会 | 小樽新聞 |
8月20日(月) | 北海道旭川の練兵場にて飛行大会、観客約2万。午前と午後の2回飛行。広田北海新聞社社長から金メダルを、師団代表の第二七連隊河野中佐からの謝辞を贈られる。午前9時よりメナスコ技師、伊松氏らと機体組み立てを開始し、11時47分に離陸。高度600フィートにて旭川市街上空を一周、6,000フィートに達してから、宙返り、横転、キルク抜き。高度3,500フィートにて発動機を停め機尾を後方に急転して木の葉落とし、横転と逆転を10数回、高度1,000フィートから急降下して地上接吻飛行、再度800フィートへ上昇した後空中滑走で着陸。飛行時間15分。 | 小樽新聞 | |
8月22日(水) | 北海道帯広町で、午前と午後の2回飛行。但し、午後の飛行前に天候悪化、追い風離陸を試みたが、滑走距離が伸びたため柔らかい地面に車輪を取られプロペラを小破。主催者と競技の結果、23日に再度飛行となる。午前9時半よりメナスコ技師とともに機体組み立てを開始。鳥打帽を被って離陸、急上昇して場内を一周しつつ高度1,000mに上がり、宙返り、横転、キルク抜き、その後高度3〜400mまで急降下し着陸。飛行時間15分。着陸後に豆自動車で場内を一周。 | 北海タイムス | |
8月23日(木) | 北海道帯広町にて、再度飛行大会。 | 小樽新聞 | |
8月24日(金) | 北海道釧路(鳥取村飛行場)にて飛行大会、観客3万。釧路飛行会を代表して釧路毎日新聞社長より花環を贈られる。23日終列車にて釧路に着。24日は正午に離陸し、高度3,200フィートに上昇し、横転、逆転、木の葉落としを演じて着陸。着陸後、豆自動車にて場内を一周。 | 小樽新聞 | |
8月27日(月) | 北海道小樽市(花園公園)で飛行。午前中の観客は不明だが、午後は著しく減少して2万人程度とのこと。午前11時30分、メナスコ技師らとともに機体組み立てを完了し、11時45分に離陸。場内上空を3〜4周しつつ高度を3,000フィートにとり、横転3回、7回転のキルク抜き、逆転、1,200フィートに降下して横転4回、1,100フィートで3回の横転、800フィートに降りてまた横転、急降下して空中滑走、そして地上接吻飛行を演じ、場内を一周して着陸。飛行時間14分。 | 小樽新聞 | |
8月28日(火) | 北海道札幌市(昨年と同じ北19条西5丁目の京都合資会社所有地)で飛行。午前の飛行後、「極めて愉快な飛行でした。自分が一個年間神の恵みによって健全なる身体に復し、再び札幌区民に見(まみ)えることのできたのは、深く天恩に感謝する次第です。」と語る。午前9時、メナスコ技師、伊松執事らにより機体組み立て着手。これより前に、メナスコ技師は豆自動車で立錐の余地もないほど満員の場内を一周、スミスと間違えられ拍手喝采をあびる。機体組み立て完了後、スミスも豆自動車で場内を二周。 | 北海タイムス | 北海タイムス、小樽新聞 |
8月29日(水) | 北海道滝川町蕉競馬場にて、飛行大会。入場者5万以上(主催者側発表)。午後と午前の2回飛行。前日の午後9時半、滝川入りし、翌午前8時メナスコ氏とともに飛行会場入り。機体点検の結果「舵翼を支える竹柱に損所ある」(ママ)を発見、ブリキを以って修理。 | (木工工場主)小野與太郎、北海タイムス後援 | 北海タイムス、小樽新聞 |
8月30日(木) | 北海道夕張(清水沢)にて、飛行大会。午前と午後の2回飛行、午前の飛行後、中崎村長の令嬢静子さんから花環を贈られる。午前11時25分、離陸。4,500フィートの上空にて、逆転4回、キルク抜き、横転数回を演じて着陸、飛行時間14分。 | 夕張実業団 | 小樽新聞 |
8月31日(金) | 北海道室蘭町(輪西西中島神社付近)にて、飛行大会。観客約3万人。後援会長の中村俊清氏よりメダル目録、楢崎令嬢より花輪を贈られる。午前10時離陸。上昇後、横転と逆転を数回、宙返り後に着陸。 | 室蘭毎日新聞 | 北海タイムス、小樽新聞 |
9月13日(木) | プサン(釜山)にて飛行大会。 | 飛行家をめざした女性たち | |
9月16日(日) | ソウル(京城)にて飛行。 | 飛行家をめざした女性たち | |
9月17日(月) | クンサン(群山)にて飛行。 | 飛行家をめざした女性たち | |
9月27日(木) | 夏河家子(大連から列車で52分)にて飛行。 | 飛行家をめざした女性たち | |
10月8日(月) | 営口で飛行。 | 飛行家をめざした女性たち | |
10月9日(火) | 上海で飛行。 | 飛行家をめざした女性たち | |
10月26日 | 横浜からサイベリア丸で、帰国の途に着く。 | 日本飛行機物語 首都圏篇 |